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質問 社会人が真に学ぶべき実践的学問は孫子兵法である。  2009.8.6

<質問>

 彼の哲学者ニーチェは「およそ価格の付くものは無価値である」と論じていますが、まさしく、この「孫子・一問一答」は、本当の意味での「Priceless」であり、金額の多寡でその価値が決められるような底の知れているものではないと思います。まさにソフトウエアの中のソフトウエアと言う感じがします。

 そこで次のように質問をさせて頂きます。

 孫子に曰うがごとく、およそ戦いというものは(とりわけ戦国時代に限らずとも)常に同時多正面であって、複数の案件を同時に複数の相手に対し、うまく処理しなければなりません。

 而して、その対応に不手際があれば、すかさず、言わば「諸侯の難」が至ることは明白であり、無慈悲にも食い物にされてしまうということになり兼ねません。

 逆に言えば、当面の敵との間に繰り広げられる一勝一敗に一喜一憂して思わず知らず感情的になったり、敵愾心や憎悪から、勝利そのものに熱中して我を忘れてしまい勝ちな人間の性たる死角や盲点に思いを致すためにも、この同時多正面・多敵配慮の思想は極めて重要と考えます。

 この思考の欠落した典型例として、かつて日本を未曽有の敗戦に追い込んだ旧軍のリーダーたる言わば軍事官僚を挙げることができます。軍人とは名ばかりで、実は学校秀才たる官僚に過ぎない資質の者が、ゲバルト中のゲバルトたる戦争のプロのリーダーを装っていたところに、当時の世論を誤らしめて悲劇があります。

 普通に考えれば、いわゆる青瓢箪の学校秀才的点取り虫に、暴力の最たるものたる戦争のリーダーが務まるはずがありません。つまり、戦争はペーパーテストの得点の多少で勝敗が決まるほど能天気なものではないと言うことです。

 彼らの活躍の場は、精々がスタッフとしてのそれであり、間違ってもラインの長ではないということです。しかし、根強い学歴信仰社会のゆえにまさにこの真理に逆行していたものが旧軍の軍事官僚というわけであります。ともあれ、この軍事官僚が(今日の官僚組織と同じく)その思い上がりと思考の稚拙さのゆえをもって、日本を遂に敗戦に至らしめたと言うことです。

 孫子兵法が云々される際、一般的に考えられ易いものが、「敵は単数」であって、「敵は幾万」としていないところが無きにしもあらずと思います。ここを最初から意識しつつ、注意して孫子を学ぶのは大変難しいと思います。つまり、孫子兵法とは、単に正面の敵をやっつけたり、我が身を守るという、単純な次元のものではないと思います。

 それは、個人・組織・世界をシステムとしてとらえ、凡そ、人と人が生きて行く上での衝突事象の治め方を説くものと思います。またそれは、孔子の説く「中庸の徳」のようなところを暗黙に仄めかしているものであると思います。

 同時多方面、多敵配慮を充分に考慮して対抗策を構築することをしないで、孫子の真に意図するところは読みきれないと考えるのですが、いかがでしょうか。


<回答>

1、兵法(武術)とスポーツは似て非なる物である。

 まず兵法(あるいはその雛形としての武術)はルールと審判の存在を大前提とするスポーツとは似て非なるものであります。

 スポーツはルールに則っての審判によるジャッジがあり初めて勝負が決まる仕組みになっております。言わば、ルールと審判がすべてであり、勝負への拘泥と記録がその本質であります。言い換えれば、娯楽・レジャーの類であり、いわゆる実戦ではないということです。実戦における勝敗はもとより一様ではなく、ましてや記録など論外のことであります。

 我々の生きている世界は、いわゆる万物流転・諸行無常の真理に支配されております。自然のままに放っておくと秩序ある状態から無秩序な状態に変化してゆくという、いわゆる「エントロピー増大の法則」はまさにその真理を数式化して表すものとも言えます。

 逆に言えば、(動物ならぬ)人間として生きるということはまさにこの自然法則に逆らうという宿命を負うものであり、そこに人間の仕事の本質があるわけです。

 自然に対する人間のしぶとさ、したたかさはまさにそこに由来するのであり、ことの広狭大小を問わず、その生存環境に遍(あまね)くその意識を及ぼしたい、とするのが人間という種の生存本能です。

 (その意味で)たとえば、世界にいわゆる軍事的覇権の空白地帯は存在しません。必ずいずれかの国がそれを支配するか影響下に置いております。逆に言えば(竹島問題を持ち出すまでもなく)国際紛争というものはいわゆる覇権の空白地帯の争奪をめぐって生ずるものであります。

 とは言え、世界にはオメデタイ国もあります。ついこの間まで、北朝鮮の不審船が我がもの顔に日本の領海を遊弋(ゆうよく)し、その結果、起こるべくして起きた日本国民拉致事件などはまさに日本政府の(民族としての生存本能にも悖る)極めて間の抜けた国防意識の欠落のゆえに生じたものと断ぜざるを得ません。

 あまつさえ、ことの真相が明らかになった今日においても、未だ国家レベルでの本格的救出活動が図られるわけでもなく、ただ、小泉首相が自己の保身のためのパーフォースとして利用しただけとは(色々な意味で)実に情けない国であります。

 抽象的な「愛国心」を抽象的に論議する前にまず政府が率先して拉致された不幸な日本国民の救出に乗り出すことが急務であります(例えば、取材中に北朝鮮に拘束されていた二人のアメリカ人女性記者が、8月4日、クリントン元大統領の電撃的訪朝により、四ヶ月半ぶりに開放され帰国したごとしです)。まさにそれこそが政府による愛国心の発露であり、国民に示せる実物教育ではないのか。


 ともあれ、そもそも兵法(あるいはその雛形としての武術)においては「同時多正面」「多敵配慮」は言わずもがなのことであり、当然、孫子もそのことに深く言及しております。

 もとより、軍事を考えるということは、自ずからそれらを支える政治・外交の在りよう、あるいは経済の発展に心を砕くことは理の当然であります。

 これらのものは個々バラバラの存在ではなく、まさに三位一体のものなのです。軍事音痴・外交音痴の日本の政治家とは一体何なのか実に理解に苦しむところであります。


2、昭和戦争の敗因は指導者が孫子兵法を知らなかった事にある。

 そもそも日本の旧陸海軍は孫子の研究などしていおりません。孫子をあたかもファミレスやコンビニにおける接客マナーと同列のハウツウものぐらいにしか理解していなかったのです。譬えて言えば、孫子はファミレスやコンビニを経営するための最高の思想であり哲学書であるにも拘わらずです。

 現状変革の思想たる孫子は、いわゆる漢文解釈的、もしくは文献学的に学ぶものではありません。もとより、ハウツウ・マニュアル的テクニックとして使うものではありません。そのような使い方をしても孫子は活きてきません。

 その思想、哲学を根底に据え、それを踏まえて、その時々の最新のテクニックを活用して戦うというのが孫子の孫子たる所以(ゆえん)なのです。

 ご指摘のいわゆる軍事官僚は、このような基本的な軍事常識も持たず、ましてや真の国家指導者という意味での教育も受けていなかったのです。

 単にいわゆる学校秀才と言う理由だけで国民の司命たる将帥となり、「彼を知らず、己を知らない」偏狭な思考力をもって世界を相手の戦争を指導し日本を破滅の淵に追いやったのです。

 日本の戦争責任はともあれ、先の戦争で日本がなぜ負けたか、どうすれば勝てたのか、その原因を真摯に追究し、反省するべきは率直に反省して日本再生の大いなる糧としなければ、靖国で眠る三百余万の英霊は浮かばれないということであります。

 彼らが望んでいるのは軽佻浮薄のパーフォーマンスしか能のない小泉首相の参拝ではないのです。真の意味での日本国民の反省なのです。

 とは言え、スポーツと兵法(あるいはその雛形としての武術)は同列か、むしろスボーツの方が上位と考えているような実に能天気な程度の低い思考力が蔓延する風潮においては、あえて黙して語らずも一つの有効な方法と愚考するものであります。

 いずれにせよ、かつてのサムライ達がその精神を鍛え思考力を練るためのよすがとしていたものはスポーツではなく兵法(あるいはその雛形としての武術)であったということです。なぜならば、そこには人の生死が懸かっているからであります。つまりは、両者の拠って立つその大本が根本的に異なるということなのです。

 一定のルールとそれに基づく審判で構成されるスポーツが(精神力の涵養はともあれ)人生万般に通ずる思考力を養うことなど論理的に有り得ないのであります。
  

3、社会人が真に学ぶべき学問は孫子の兵法である。

 しかして、今の日本に最も欠落しているものはまさにこの兵法的思考力と言っても過言ではありません。テストで好成績を修めることを至上目的とした学校時代はともあれ(高校の未履修課目の問題はその象徴でありますが)、社会人となった以上はかつてのサムライのごとく社会で生き抜くための基本書たる孫子を学ぶべきと愚考するものであります。


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