「孫子兵法」と「脳力開発」について
客観的に哲学的な立場から見ると、「生きている」ということは、「トラブル(苦労・心配・面倒・厄介・紛争・騒擾)を起こすこと」であるから、これを敷衍すると好むと好まざるとに拘わらず、畢竟(ひっきょう)、実人生の世界は戦いであり、その最たるものが即ち戦争であると言わざるを得ない。
このゆえに、勝つため、あるいは負けないための戦争法則を鋭く洞察し、その説くところの戦略・戦術の深遠さを以て世に名高い兵書「孫子」を学ぶことは、取りも直さず実人生の世界を強く生き抜くための叡知を磨くことに他ならず、孫子が「最古にして最新の稀有な書物(例えば聖書のごときもの)」と賞される所以(ゆえん)である。
一方、「孫子」に類するものとして我々が日頃、難しい、解らない、困った、と悩んでいる難問を解決するのに大変役立つ学問として「脳力開発」がある。
「脳力開発」は故城野宏氏(昭和十三年、東京大学法学部卒業。同年、日中戦争で中国に渡る。終戦まで中華民国山西省政府の指導に当たり、戦後も山西野戦軍副司令官として五十万の兵を擁し中共軍即ち毛沢東軍と戦う。首都大原落城で中共軍の捕虜となり、都合十五年に及ぶ監獄生活を送る。昭和三十九年釈放帰国)が足掛けニ十六年にわたる中国での激烈な体験と深い思索を元に人間の普遍的行動の原理原則を体系的に整理したものである。
「脳力開発」では自らのおかれた客観条件を徹底して調査し、反覆して考えぬき、現実に即して、いかにして正確な判断をするかという情勢判断の方法、およびその判断の基礎を為す人間の「心」は、良きにつけ悪しきにつけ「癖(習慣)」によって行動するものであるから、その心の癖(習慣)を「良い方向」へ、あるいは「正しい方向」へ習慣づけることが「楽しく素敵な人生のため」には、何より重要であると説いている。
つまり「孫子兵法」も「脳力開発」も共に、人間社会における問題・トラブルの解決を目的とするものであり、しかも、いわゆるお手軽なハウツーものではなく、事の本質・原理を追究し、普遍的思考の観点からこれらを解決しようとするところに、その特色と共通点がある(「孫子兵法」が約二千五百年の風雪に耐え、今日もなお、戦争指導書・軍事思想の鑑として、また政治の要訣を教え、あるいは経営、人生の指針を語る書として広く世界の人々に珍重されている所以でもある)。
両者の相違点は、「孫子兵法」が戦争という人間社会の非常かつ極限の問題解決を対象としているのに対し、「脳力開発」は平常かつ一般的な問題解決に焦点を当てている所にある。このことはまた、次のことが言える。
即ち、「大は小を兼ねる」の譬え通り、本来、「孫子兵法」の理論はすべてに普遍的に適用できるものであるが、その対象が極めてマクロ的である故に、その理解に当たっては高度の抽象的能力が要求されること、また、そのゆえにこそ、あくまでも「孫子」は抽象的な基本的原則を説くのであって、これの実際への応用に当たっては、個々人が主体的かつ能動的に絶えず自分自身で思索し判断してゆく必要にせまられるものであるため、一般には難解とされているのである。
これに対して「脳力開発」は、平易な日常的な問題を対象とする点でミクロ的であり、日常生活に密着しているゆえに、戦いの原理原則がわかり易く、かつ具体的に把握するに便利であるが、もとより「孫子」のごとく戦いそのものを全体的にコンパクトに総括しているものではないのでインパクト(劇的効果、強い影響に)欠ける憾みがある。
この意味に於いて「孫子兵法」と「脳力開発」は、言わば合わせ鏡のごとく相互補完的役割を果たすものであるため、この両者を比較しつつ、それぞれの角度から双方向的に学ぶことは、難解とされる「孫子」を読み解くために極めて有効な方法であり、その相乗的効果と相俟って「脳力開発」の体得をも促すものである。
とりわけ、本講座は「魏武註孫子」を原本とする「現行孫子」の主要論点を漏れなく纏めると共に、合わせ鏡として「竹簡孫子」との異同を考察し、新たな視点から理解の徹底を図るものでもあるため、脳力開発的観点は、これらの整合性を解析するための指針としても活用される。
「竹簡孫子」とは、一九七二年(昭和四七年)に中国山東省臨沂県銀雀山で発見された前漢(西漢)初期の墓から出土した「孫子兵法」を言う。すべての「現行孫子」の源である「魏武註孫子」の現存する最古の版本は、遡っても宋代(九六〇〜一二七八年)の「宋刊十一家註本」、「宋刊武経七書・孫子」までであるが、「竹簡孫子」はそれらを千年以上も遡る比較にならぬほど古い時代のテキストである。
両者は大意の部分には基本的な大差はないのであるが、小異の部分は細かな字句の異同が到るところに見られ、そのうち幾つかは大変重要な違いがある。
「竹簡孫子」は「現行孫子」よりいっそう原典成立の時代に近いので、もとよりその信頼性は極めて高く、また、この両者の対照研究を通じて容易に発見できることは、「竹簡孫子」が後世の伝世本と比較して、多くの部分で、いっそう情理(人情と道理に基づく対処の仕方)に適っていると言うことである。このゆえに「竹簡孫子」研究の重要な意義があるのである。
ともあれ「孫子兵法」と「脳力開発」を学ぶことによって我々は、真のりーダーにとって不可欠の質的三要素、即ち、正鵠を射た理念とは何か、それに基づく戦略とは何か、それを首尾一貫して遂行する指導力とは何か、の在りようを知るのである。
また、「孫子兵法」と「脳力開発」は、何事であれ、その普遍を知ると共に特殊を知り、その利用に当たっては、自ら考えるものでなければならないことを教えるものでもある。
<参考>
「脳力開発では、「真のリーダーのための心得」として次の十条を挙げている。
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